元CTOが法廷で語った『あの夜』、OpenAIで何が起きていたのか
「彼は嘘をついていた」――そう受け取れる証言が、いま世界中のテック関係者を凍りつかせている。発言の主は、OpenAI(ChatGPTを作った米国のAI企業)で長くCTO(最高技術責任者=技術部門のトップ)を務めたミラ・ムラティ氏。Elon Musk氏がOpenAIとサム・アルトマンCEOを訴えた裁判の中で、彼女が録画証言を行ったと米メディアが報じている。

報じられているのは、Gizmodoや米紙U.S. News、Yahoo Financeなど複数。ムラティ氏は宣誓供述(法的に「嘘をついたら処罰される」前提の証言)の中で、アルトマン氏について「不誠実だ(dishonest)」と表現したとされる。これは、AIブームの象徴とも呼ばれた人物に対するかなり強い言葉だ。
ただし大事な前提がある。これは民事訴訟でのやり取りであり、現時点で裁判所が「アルトマン氏は嘘をついた」と認定したわけではない、という点だ。あくまで「元側近がそう述べたと報じられている」段階である。
サム・アルトマン解任劇、舞台裏で動いていたミラ・ムラティの存在
2023年11月、わずか5日間の『クーデター』再現
話を理解するためには、2023年11月に起きた騒動を思い出す必要がある。OpenAIの取締役会が突然アルトマン氏をCEO(最高経営責任者)から解任(役職を辞めさせること)し、世界中のニュースを駆け抜けた、あの一件だ。

取締役会が解任理由として挙げたのは「コミュニケーションが一貫して率直でなく、取締役会としての監督責任を果たしにくくしている」という主旨の声明だったと当時の各紙が伝えている。だが解任から約5日後、アルトマン氏はCEOに復帰。Microsoft(OpenAIの大株主)と従業員700人超の集団退職署名が決め手になったと広く報じられた。
暫定CEOに祭り上げられた女性技術者の苦悩
その混乱の中で、わずかな時間「暫定CEO(一時的にトップを務める人)」を務めたのがムラティ氏だった。Easterneye誌などは、彼女が当時「板挟み」の立場にあり、社内調整に追われていたと報じている。
今回明らかになった証言で重要なのは、彼女が「単に巻き込まれた人」ではなかった可能性が示されていることだ。Reutersの報道を引いたGlobal Banking & Financeなどによれば、ムラティ氏は「アルトマン氏が幹部間に混乱と不信を撒いた(sowed chaos and distrust)」と述べたとされる。

なぜ今、彼女の証言が世界中で注目されているのか
ChatGPTを使ったことのある人なら、OpenAIが世界のAI市場でどれほど中心的な存在かは想像できるだろう。同社の評価額は直近の報道で5,000億ドル前後(出典: Reuters / 各紙の関連報道)と語られることもあるが、最終的な数字は時期によって変動するため、ここでは「数千億ドル規模」とだけ表現しておく。
その巨大企業のトップが「不誠実だ」と元右腕に評された――これだけでも報道価値は大きい。ただ、本当に注目されている理由はもう一つある。Musk氏側がこの裁判で「OpenAIは当初の非営利の理念を裏切り、営利化した」と訴えていることだ。ムラティ氏の証言は、その文脈の中で「企業統治(コーポレートガバナンス=会社の意思決定の仕組み)」をめぐる重要な材料になり得る、と複数のメディアが指摘している。

『アルトマンは嘘をついた』──安全審査バイパス疑惑という爆弾
GPT-4oリリース前に何が省略されたのか
Futurismやmoyens.netなどが伝える証言の中で、特に衝撃を与えたのが、GPT-4o(2024年に発表されたモデル)のリリース前後をめぐる主張だ。報道によれば、ムラティ氏は「安全審査(リリース前にAIが危険な使われ方をしないか確認する社内手続き)について、説明と実態が一致していない場面があった」と受け取れる証言をしたとされている。
これが事実かどうかはまだ第三者によって確認されていない。OpenAI側は別途、安全プロセスは継続的に強化していると主張してきた経緯がある。一方で、複数の元従業員がここ数年、安全文化への懸念を公に語ってきたことも事実で、今回の証言はその流れの延長線上にある、という見方もある。
擁護派 vs 告発派、割れるシリコンバレーの本音
シリコンバレー内部の反応も二分している。Slashdotに転載されたReutersの整理によれば、アルトマン氏の経営手法を「果断で、危機の時こそ強い」と擁護する声がある一方、「同じ案件で違う人に違う説明をする」と感じていた幹部も少なくなかったという。
- 擁護派:規模が爆発的に拡大する中で経営判断が速いのは強み
- 慎重派:複数幹部の証言が積み重なるなら、組織として点検すべき
- 中立派:本人の反論と裁判所の認定を待つべき、と現時点では断定できない
1500億ドル賠償請求の衝撃、私たちが使うChatGPTはどうなる
この裁判ではMusk氏側が巨額の損害賠償を求めていると一部で伝えられている。ただし「1,500億ドル」といった具体的な金額については報道ごとに記述に差があり、訴状に明記されている確定金額として日本語メディアで安全に断定できる出典は現時点では不明だ。本記事ではこの数字は参考情報として留め、確定情報としては扱わない。
では、私たちユーザーへの影響はどうか。仮に裁判が長期化しても、ChatGPTのサービス自体が今すぐ停止する可能性は低い、とFinance Yahooなどの分析記事は示唆している。ただし、AI企業に対する規制議論や、安全審査の透明化を求める世論には影響する可能性がある。

OpenAIを去った彼女が立ち上げた『Thinking Machines Lab』の野望
ムラティ氏は2024年にOpenAIを退社し、その後「Thinking Machines Lab」と呼ばれる新しいAI研究企業を立ち上げたと米メディア各紙が伝えている。具体的な製品ラインナップや評価額はメディアによって幅があるため、本記事では「OpenAI出身者を多く集め、独自路線を志向する新興AIラボ」という位置づけにとどめる。

面白いのは、彼女が今回の証言で「アルトマン氏個人を糾弾する」というよりも、「組織として何が機能しなかったのか」を語っているように読み取れる点だ。Digit.inやEasterneyeの整理を読む限り、彼女の語り口は感情的というより、技術者らしく事実関係に重心がある。
崩壊を止めた英雄か、火に油を注いだ裏切り者か──ミラ・ムラティという謎
結局、ムラティ氏はOpenAI崩壊を止めたのだろうか。それとも、長く伏せられていた火種を法廷で表に出してしまったのだろうか。答えは、見る角度で大きく変わる。
- 2023年11月:暫定CEOとして社内を一時的に支えた「橋渡し役」
- 2024年:会社を去り、独立する側に回った「離反者」
- 2026年:法廷でアルトマン氏の経営姿勢に疑問を投げる「告発者」
同じ人物の動きでも、肩書だけ並べれば三つの異なる物語が見える。AI業界の進化スピードは速い。彼女の証言が裁判の結論にどこまで影響するか、OpenAIのガバナンスが今後どう変わるか――その答えは、もう少し時間を置かないと見えてこない。
私たちユーザーにできるのは、ChatGPTを便利に使う一方で、「このサービスは誰が、どんなルールで動かしているのか」を時々立ち止まって確認することだろう。便利さの裏側にある人間ドラマを知ることは、AI時代を生きる一つのリテラシーかもしれない。
まとめ
- 元OpenAI CTOのMira Murati氏が、Musk vs OpenAI裁判で証言したと複数メディアが報道
- アルトマン氏について「不誠実」「混乱と不信を撒いた」と受け取れる発言があったとされる
- GPT-4oの安全審査をめぐる主張も含まれているが、第三者による事実認定はこれから
- 2023年11月の解任劇との連続性を指摘する見方もあるが、現時点では断定できない
- 裁判の行方はAIガバナンスや業界規制の議論にも波及する可能性がある
参考文献
- Gizmodo: Ex-OpenAI CTO Mira Murati Testifies About Sam Altman Allegedly Lying to Her
- Futurism: Perjury Allegations Around OpenAI CTO Murati and Altman
- U.S. News: In OpenAI Trial, Former Technology Chief Says Altman Sowed Chaos
- Yahoo Finance: OpenAI CEO Sam Altman Dishonest Allegations
- AOL News: OpenAI CEO Sam Altman Dishonest
- Eastern Eye: OpenAI Executive Rivalry – Mira Murati Claims
- Moyens.net: Mira Murati Deposition – Ex-OpenAI CTO Says Altman Lied
- Digit.in: Former OpenAI CTO Mira Murati Testifies Against Sam Altman
- Slashdot: Sam Altman's Management Style Under the Microscope at OpenAI Trial
- Global Banking & Finance: OpenAI Trial – Former Technology Chief Says Altman Sowed Chaos
- Wikipedia: Mira Murati
- Wikipedia: Sam Altman